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【ご利用者様コラム】神山さんと駆け抜けたリハスでの二年間

2025/5/25

みなさんこんにちは!マンダリンオレンジと申します。
この度の神山さんの転勤に伴い、大変お世話になりましたセンター長の神山さんとの思い出をこれから綴ってみたいと思います。
 
 神山さんとの出会いは二年前。はじめましての頃から、いつも心地よいと感じる距離感でそっと寄り添いながら接してくださっていたのを憶えています。その頃の私はまだ体調が不安定で、作業中でもふとした時に、ただただ「死にたい」という言葉が浮かんでは消えていっていた時期でした。神山さんはそんな私の様子にすぐに気づいて、その日のうちに面談の時間をとってくださいました。その中で、神山さんはご自身の話もしてくださり、「辛くて苦しいのは私だけではないのだ。ここで挫けていてはだめだ」という思いを強くしました。
 
 それから少し経った頃、神山さんが以前勤めていらした老人保健施設に、施設外就労として作業に行けるようになりました。その作業は工賃が高かったので、頑張り甲斐がありました。老健での作業内容は、チーム一丸となりお互いが協力しあって進めていかなくてはならない仕事です。ですが、作業を開始した当初は、一緒に働く仲間と双方にコミュニケーションがうまくとれない場面が続き、人間関係上の困ったことがたびたび発生していました。神山さんは、どんな相談内容でも、毎回的確に対応してくださり、これだったら続けていけそうだという安心感の中で作業に取り組むことができました。

 老健という作業の場を与えてくださったおかげで、それまで病気の後遺症で言葉が出てくるのが遅かったのですが、作業をしていく中で、とっさの会話を求められる場面での訓練を積むことができて、言葉が思うように出てこなくてもどかしい思いをすることもだんだん少なくなっていきました。そのように少しずつ回復していっている時間も、自分を支えてくれました。老健の作業を開始してから二年が経った今では、各自が協力しあって、作業できるチームが出来上がっています。本当に心強いメンバーなのです。そういう基盤を神山さんは作ってくださいました。老健の作業で得た工賃で好きなメーカーのスニーカーを買ったり、母と姉とパートナーと私で温泉旅行にいくこともできました。そんな風にリハスに入って、神山さんとの出会いから、私の日々の生活の質がどんどん向上していったのです。

 それから半年くらい経ち、まずまず順調だったので、障害者雇用での就職を目指していたのですが、病気のせいで簡単にはそうさせてくれません。今に至るまで症状が思うほど安定せず、調子がいい周期と悪い周期を繰り返しています。

 障害がある中、生きてゆくことは本当に大変なことです。「こんなに困難が付きまとうことだったんだ。」と、自分も障害を負い、できなくなったこともたくさんある中、障がいを負ったからこそ見えてきたこともたくさんありました。

 神山さんとの二年間はとても貴重で色濃く過ごせた日々でした。本当にありがとうございました。
反発したこともありました。その節は大変申し訳ございませんでした。神山さんとの面談の後は必ず笑顔になれた自分がいました。本当にお世話になりました!神山さんの幸せがこれからも多くあることを家族一同、心から願い続けております。
どうかお元気で、これからもご活躍ください。神山さんを中心としたリハスの支援員の皆さまの熱いハートと、あたたかなまなざしのおかげで、病気をして「人生終わった」と勝手に決めつけていた私は、変わることができたのです。心から感謝しています。

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