2025/7/2

1960年(昭和35年)5月の総理府(現・内閣府)の閣議で制定。
産業被害、交通事故、火災等、災害防止を図る事が目的。
労働災害や職業病が社会問題化した事から、労働省(現・厚生労働省)の主唱で、1928年(昭和3年)から7月1~7日を「全国安全週間」として、職場の安全を訴えていた為、その初日の7月1日が「国民安全の日」となった。
人が働く上で、一番大切な事は、やはり「職場の安全性」だろう。
その事を想起させる事が、過去に有った。
私が、東京で初めて入社した会社が、プリント基板製造メーカーだった。昭和50年代は、安全性とは無縁な職場だった。
私が入社した職場は、銅板から
回路形成する為、銅を溶かす、エッチングと呼ばれる作業で、その際使用されるエッチング液が希硫酸だった。
ガラス窓で密封された機械に、銅板をセッティングして、タイマーで希硫酸を噴霧すると、銅板がエッチングされる仕組みだが、その際、タイマーで停止した機械の中は、希硫酸が霧状で真っ白になった。機械を止め、中の銅板を取り出す際、機械の中の霧状の希硫酸が空中に舞っていたのを覚えている。
その作業マニュアルには、「防塵マスク」を使用する事になっていたが、マスクは作業場には有ったが、着用した記憶はない。
マスク無しでの作業が、慢性化していたのだ。
その事に触れる人は、誰もいなかった。
夏は、下着一つで、何時間も作業を続け、家に帰って下着を見ると、下着に細かな穴が開いていたのを覚えている。
安全性とは、余りに掛け離れた劣悪の作業環境だったと思う。
後に、都の監査が入り、その作業も含め製造部門は外注化され、無くなった。
今、思うとぞっとする体験だった。
この当時は、その様な、ずさんな事が頻繁に有り、社会問題になっていた。
最近では、「長時間労働」が問題になっている。
その原因は何処に有るのだろう。
会社が、利益を追及する余り、利益優先で「安全性」を後回しにした結果に他ならない。
それは、そこで働く「人」を軽視した結果であると思う。
大事な事は、会社も職場も「人」で成り立っていると言う事だ。
人が物を作り、職場を作り、会社を作る。「会社作りは、人作り」との原点に帰って「職場の安全性」=「人を大切にする」心から始まる事を、この機会にもう一度確認したい。
▼リハスワーク豊島の事業所ページはこちら
https://rehas-work.com/work/rw_toshima

