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音を楽しむとは。

音を楽しむとは。

2026/7/8

僕が音楽に心を奪われたのは小学6年生のとき、父が図書館で借りてきたレコードが発端だった。
Led Zeppelinのどの盤か忘れてしまったが11曲目の ”ブラックドッグ” が完全に僕の人生を変えた。

そこから狂ったように音楽道を突き進んだ。
ギタリスト・ベーシスト・ドラマーとして、ではなく
ひとりの「音を楽しむ者」として。

当時よく聴いていた曲でも、今は好みではないものもあるし当時も今も好きな曲(orバンドorグループ)というのもある。
例えば、母の影響で好きになったDoobie BrothersやThe Policeは今でも大好きだ。

好きなバンドの写真をコラージュしたもの

無理にコラージュ化

あまりに味見をしすぎて時系列で説明できないのだが
僕は結局のところ、「王道」が好きではなくメタルならフォークメタルやペイガン、バイキングといったサブジャンルに代表されるような土着性をもったものが好きなのだ。

ラップ/ヒップホップでも、USやUK、つまりEminemとか2pacとかそういった「そのジャンルが好きなら聴くべきとされるもの」は絶対に聴きたくないというか、そんなの聴いてなにになるの?とすら思っている。
じゃあいったい何を聴いてきたんだと問われそうだが
このジャンルについては僕はポリシーが確立されている。

言語を音として感じる


つまり、言語の意味がわからずとも、言語を言語として捉えず言語の音をひとつの楽器として感じるということ。
だから僕は各言語の特徴性を、単なる音の特徴として捉えている、今でも。
このジャンルを通して、いろんな国、いろんな地域を旅することができた。
特に僕がハマってしまったのが欧州でいうとドイツフィンランドポーランドチェコ
アジアならベトナム中国、といったふうに国ごとにとことんアーティストを掘る(ディグる)ことをし
自分の世界を広げていった。

ただ、これがUSやUKとなると話が変わる。
英語はどうしたって意味がそれなりに掴めてしまうからだ。
となると、前述した「王道嫌い」が発動することとなり僕が何を好んでいたかというと政治的な内容のリリックを書くアーティストだった。
USでいえばDISL Automatic、UKでいえばLowkeyといった具合に。

さて、それ以外のジャンルはというと……
いわゆるダンスミュージック系統だと、トランスとかナイトコアとかハウスとかEDMとかいろいろ。EDMという単語は日本でも流行ったから多くの人が知ってるだろうが、界隈にはBDM (Body Dance Music)というジャンルもあった。そして僕はここでダンスというものにも触れることとなった。テクトニック、ジャンプスタイル、シャッフルなどなど。うるさい音楽であることは間違いないが、こちらも奥が深い世界である。

土着性が好きだと述べたが、本来のフォーク音楽、つまり民謡と呼ばれるものも好きだ。日本でいうと、エイサーや各地の民謡(父が柏崎出身のため柏崎周辺の民謡は特に大好き)はもちろんのこと、フォークの神様と称される岡林信康まで。そして土着性とも通ずるものがあるが、宗教音楽も好きだ。その宗教が分からずとも、全く信仰心がなくとも、音楽に壁は無いのだ。キリスト教系と一口で言っても、王道とされるオラトリオやグレゴリオ聖歌以外にも、ロシア正教系もあれば、ビザンチン系もある。イスラム教のナシードにドハマりしていたとき、親に過剰に心配されたこともあった。過激派にならないかヒヤヒヤしていたのだろう。

そして僕の人生で、一番直近で心を掴んできた音楽がレゲエである。
ただ、ここでも王道嫌いが炸裂してしまったのだ。
レゲエといえばジャマイカなのだが……
ベリーズという中米の小国のモダンダンスホールというジャンルにハマってしまったのだった。なぜかはわからない。

ベリーズと周辺国の地図

ジャマイカとも近い

とにかく漁りまくった。たぶん、日本でこんなにベリーズの音楽を聴いている人はいないんじゃないだろうかというくらい。
ベリーズは台湾を国家として承認している、世界でも数少ない国のうちの一つだ。そして、近年はアメリカから犯罪集団が流入してきており、その影響で国内の殺人事件数が非常に多く、事件に巻き込まれる若いアーティストも少なくない。僕が好きなダンスホールアーティストもすでに何人も殺された。そんな国である。
えぇっ!?うそでしょ?!John Kingが殺された?!
と僕の心も疲弊していたときに出会った国があった。

ジンバブエの国旗の画像

わかる?

ジンバブエである。
アフリカンミュージックをモリモリに盛り込んだ
ジンバブエのアフリカンダンスホールに出会ってしまったのだ。
これには正式名称がある。

Zimdancehall


これこそが僕の音楽道をさらに狂奏曲に仕立て上げた張本人なのだ。

ジンバブエのアフリカンダンスホールの画像

僕のこの旅はずっと続くだろう。
決して、大多数の人とは語り合えないものだけれど
僕は音を楽しむのを生きがいとしている。
そして僕は音楽というものに救われたうちの一人だ。
音楽に壁は無い。
どう楽しむのも自由だけれども、みんなにはもっといろんな音楽を発見して欲しい。
日本語しか分からないから日本語の曲しか聞かないなんて本当にもったいないことなんだ。

支援員M.

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