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【第42回】続・高津区を知る

【第42回】続・高津区を知る

2026/6/2

こんにちは!リハスワーク川崎高津 with アーネストサークル 【Ō】です!

( Ō∀Ō)
「うぉぉぉぉぉ、来ました!【続・高津を知る】でございます!
私の書いた記事の中でも結構好評をいただいた記事で
私もかなり力を入れたので!
実は内心2回目をちゃんと書けるか、自信がなかったのですが(汗)

語れることも、知って貰いたい事も、まだまだたくさんある!
と言う事で!【続・高津を知る】やっていきましょう~!」

( Ō∀Ō)
「サテ!まずは高津区について少し語らなければいけませんね!
高津区には江戸時代から続く街道が3つ通っており、それぞれが深くつながり合っているのですが……
今回はまずその1つ目【高津を知る】でも少し触れました、
【大山街道】について今回は詳しく解説していきたいと思います!」


目次


【大山街道とは?】

「大山街道は、江戸の赤坂御門を起点に多摩川を渡り、二子、溝口を経て、馬絹、荏田、伊勢原、矢倉沢へ至る脇街道だそうで、
この道は丹沢の大山詣りの道として知られ、大山山頂の阿夫利神社は雨乞いの信仰も集め、五穀豊穣や商売繁盛を願う人々でにぎわい、大山道、大山街道と呼ばれていたそうです!(※1)

江戸時代の大山道の地図

江戸時代の大山道(主要8道) by Koshi2016 is licensed under CC BY 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja

また大山街道は、「東海道と甲州街道の間を江戸へ向かう脇往還として、
「厚木街道」「矢倉沢往還」等とも呼ばれているそうです!」

( Ō∀Ō) 「正確には「矢倉沢往還」が正しいんだとか……!」

「そして、大山街道は相模川でとれた鮎や秦野の煙草なども、この道を通って江戸へ運ばれ、
街道の商人達は江戸後期から、製造業と卸・仲買いを営むなど驚くべき繁栄をとげたそうです!」(※1)


【大山詣りとは?】

「江戸時代中期には、庶民のブームとなった「大山詣」の道として
盛んに利用されるようになり、この頃から「大山道」「大山街道」として
有名になりました

大山街道の画像

大山街道 by ISAKA Yoji is licensed under CC BY 3.0
https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/deed.en

目的地である大山阿夫利神社は、神奈川県伊勢原市にある雨乞いで有名な神社で、年間20万人もの参拝者が「大山詣り」を行ったと記録されています

( Ō∀Ō)
「年間20万人……!当時の人口を考えると、とんでもない数ですよね」

江戸庶民にとって大山詣りを行うことが粋であるとされ、一部の地域では大山へ登らないと大人と認められないというほどの人生儀礼の一つにもなっていたそうです!

( Ō∀Ō)
「因みに、この「大山詣り」は2016年に文化庁が認定する日本遺産に認定されています!」

👘【明治44年築・大山街道にある田中屋呉服店】

明治44年築・大山街道にある田中屋呉服店の写真

※2026年5月時点 撮影

蔵造りの店の看板の写真

※2026年5月時点 撮影

( Ō∀Ō)
「大山街道を歩いて行くと、ぽつんと観るからに他の建物とは違う雰囲気を一目見ただけで分かる程……歴史ある建物です!」


【溝口・二子と大山街道の関係】

( Ō∀Ō)
「さて、私たちの地元・高津区と大山街道の関係ですが!」

寛文9(1669)年には、溝口村・二子村が矢倉沢往還の宿として定められています

府中街道溝の口交差点の写真

現在では409号線と名を変えています。

「つまり、江戸から大山を目指す旅人たちが必ず立ち寄る宿場町として、溝口・二子は大いに賑わっていたわけですね!」

「そしてここで切っても切り離せないのが、溝口で大山街道と交わる
【府中街道】の存在です 南北路の代表として川崎と府中を結んでいたこの府中街道が大山街道と交わったことで、溝口は2つの街道が交差する交通の要所となり、さらに多くの人や物資が集まるようになっていったんです」

( Ō∀Ō)
「今の溝の口がこんなにも賑やかな街になったのは、江戸時代からの街道の歴史があってこそ……なのかもしれませんね」


【現在の大山街道】

現在でも、当時の大山街道を偲ぶものとして「道標」があります

( Ō∀Ō)
「時間がなくて、道標は写真に収めてくることができませんでした(泣)」

「大山小径(おおやまこみち)」と彫られている石柱の写真

「大山小径(おおやまこみち)」と彫られている石柱
「大山街道」の沿道だそうです

現在の国道246号線がほぼこの大山街道にあたるそうで、江戸時代から続く道を今も私たちが普段使いしていると思うと、なかなか感慨深いものがありますね

🏥【江戸時代中期から続く、明治築・旧灰吹屋店舗】

江戸時代中期から続く、明治築・旧灰吹屋店舗の写真

※2026年5月時点 撮影

( Ō∀Ō)
「当時から現存する蔵造りの灰吹屋さんの店舗だ!すごーい!!!」

( Ō∀Ō)
「江戸時代に思いを馳せると、246号を走った時に少し違って見えてきそうです(笑)」


【次回予告】

( Ō∀Ō)
「と言うことで、今回は【大山街道】についてご紹介しました!」

「大山街道を語る上で欠かせない存在として少し触れた【府中街道】ですが……
次回はその府中街道について、さらに掘り下げてご紹介していきたいと思います!

奈良時代にまで遡る歴史を持ち、鎌倉幕府の時代には「鎌倉道」としての役割まで果たしていたこの街道……是非とも次回をお楽しみに!」

「今回はここまで!」

「ご拝読ありがとうございました!❤️」


(※1)
大山街道コース(大山小径で大山詣り)

https://www.city.kawasaki.jp/takatsu/page/0000026554.html

【川崎市:昔からの6街道】

https://www.city.kawasaki.jp/kurashi/category/28-6-8-8-0-0-0-0-0-0.html


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